ふと数えてみれば、私が DIAN Racing に加わってから、もうすぐ 2 年になろうとしている。

起
2012 年、まだ高校 3 年生だった私のところに、二人の先輩が勧誘に来て、学生フォーミュラという魅力的な活動を教えてくれた。幼い頃からレースに夢中だった私の目は輝き、夢にまで見た、アドレナリンが湧き上がるような「偉大な事業」に、居ても立ってもいられず参加したいと思った。今でも覚えているのは、風洞が使えると先輩たちに言われたことだ。ただ、結局今まで一度も入ったことはないけれど。
大学 1 年生になった私は、どういうわけかこのことを忘れてしまっていた。そうでなければ、今頃は三朝元老だったかもしれない(笑)。1 年生の終わり頃、偶然どこかで DIAN Racing の宣伝ポスターを見かけ、心の中の炎が再び燃え上がった。ちょうど 2 年生になるタイミングで嘉定キャンパスに移ることになっていたので、それなら挑戦してみようと思ったのだ。

承
時に私たちはそれをただの偶然だと思うが、実際は運命なのだ。心の中に願いがあるなら、それがどんなに無謀でも、近づこうと試みるべきだ。
この 2 年間、フレーム・ボディ班でもがき苦しみ、鋼管を切り、フレームを溶接し、ブラケットを削り、ボディを脱着し、CATIA に親しみ、ANSYS を極め(本当かどうかは分からないが)、スポンサー営業をし、人間工学に取り組み、何度も立て替えをしてきた……。今はただ、静かに良いドライバーでありたいと思っている。

転
ここで少し自慢話をさせてほしい。不快であれば読み飛ばして構わない。
ドライバーグループの競争は非常に激しく、去年の今頃はまだ無名で、チャンスもなく、ひどく落ち込み、人生さえ疑い始めていた。そんな時、再び偶然の機会が訪れた。一度しか速いマシンを触ったことのない私が、光栄にもレーシングスター最終予選に参加するチャンスを得たのだ。残念ながら、その週末は全くうまくいかず、最終結果は DNF……。しかし人徳が良すぎたのか、予選最下位だった私が繰り上がりで決勝に参加し、全国から集まった優秀な若手ドライバーたちと同じ舞台で競うことになった(年齢なら私は諸君より一回り上、腕前なら……まだ 3 回目の走行なので、どうかお手柔らかに)。最終的に 13 位で完走したが、チーム史上最速ラップタイムを記録した(破ってくれる挑戦者を待っている)。その後、私は重点育成対象になった。我がチームは実に結果主義だ。

合
実は私が特別に優れているわけではない。ほんの少しの才能と、人より少しだけ良い車両感覚があって、そして自分をアピールするチャンスを掴んだだけだ。「私たちは誰も超人ではない。ただ適切な時に適切なマシンに乗っていれば、誰にだって全てのライバルに勝つことができる。」
昨年の中国大会は、私にとって初めてレースの雰囲気を味わった場だった。熟練ドライバーの卓越した技量を見て、自分には及ばないとため息をついたのを覚えている。表彰式の時、隣にいたチームメイトが私に言った。「ちゃんと練習しろよ、来年はお前がそこに立つ番だ」。急に大きなプレッシャーを感じたものだ。瞬く間に「来年」は「今年」となり、私も育成対象から準エースへと変わった。日本大会は目前に迫っている。私にできるのは、平常心を保ち、時間を惜しんで DRe16 と慣れ、皆の信頼に応えることだけだ。
皆がしっかりと車を造るのなら、私がその全エネルギーを解き放とう。(ああ、やっぱりすごく緊張する)

最後に
そういえば、自己紹介を忘れていた。
名前:姜涛 学年:2013 年入学 専攻:ソフトウェア工学 特技:腰から下

